5
「某中国地方国立H大学ソフトボール部殺人事件」
5
小池は考えている。
輪島のローション。
アレを凍らせれば鈍器になるのではないか。犯行後はレンジで溶かして容器に戻せばいい。
いや…と、思い直す。
あの容器は500ml分しかない。凍らせたとして500gの重さだ。
そんな軽さで人が殴り殺せるだろうか…
吉木は考えている。
小池のマッサージ器。
あんな軽いプラスチックの棒では、とても凶器にはならないだろうな。
いや、使いようによれば…例えば、振動させながら殴ればどうだろうか…
輪島は考えている。
吉木のコンドーム。
彼女もいないくせにあんなもの後生大事に抱えててどうするんだか。
しかし蛇の皮を入れるよりはマシだ。蛇というのは嫌な生き物だ…ツルツルとして薄気味悪い…舌をチラチラと出し入れしている…谷口は蛇みたいに狡猾な奴だった…
小池は水槽をジッと見つめている。
原色の熱帯魚たちの底に、黒白の石が沈んでいる。まるで碁石のようだ。
そう、俺もそろそろこの事件に白黒つけなくては…
「あ」と吉木がこちらを振り向いて声を上げる。
「この事件の犯人を1人に特定することができるぞ」
4
「某中国地方国立H大学ソフトボール部殺人事件」
4
早速全員の持ち物検査が行われた。
悉皆的に、かつ偏執的に。
小池の荷物で目を引いたのはリレーバトンほどの大きさの携帯マッサージ機だった。
丸っこくピンク色をしていて可愛らしく、つまり小池にそぐわなかった。
所持の理由を小池は肩こり解消のためと話した。
吉木の財布からはコンドームが発見された。
個包装ではなく裸で財布に入っていたので、まさか使用済みかと2人は腰を引いた。
しかし吉木はこのゴムが未使用であり、財布に入れているのは金運のためだと笑って説明した。
輪島の荷物からはローションが見つかった。
プラスチックの容器に入った市販のもので、乾燥肌だからという輪島の説明に2人は納得した。
共用スペースや谷口の部屋も捜索されたが、不審なものは見つからなかった。
捜査は壁に直面した。
3
「某中国地方国立H大学ソフトボール部殺人事件」
3
殺されていたのは谷口だった。
自室の中央に大の字で倒れ、後頭部から流れ出た血が赤黒く固まっていた。傷口が大きく凹んでいたため、撲殺と思われる。
吹雪のため携帯電話が繋がらず、車も出せないという事情から、彼らは自分たちで犯人を特定し官憲に突き出そうと決意した。
さて犯人の正体であるが、別荘の戸締りはしていたし、夜間不審な物音もなかったことから、外部犯の可能性は退けられた。犯人は彼らの中にいるのだ。
犯行時刻は昨夜の11時から今朝の7時までの時間。医学的知識のない彼らにはそうとしか言えない。アリバイは誰にも成立しなかった。全員が部屋で眠っていたと主張したからだ。
次に動機の検討となると、さらに実りがなかった。
彼らは皆谷口に殺意を持っていたからだ。
小池は彼女を奪われ、輪島は借りた金を返せず、吉木は過去の醜聞をネタに揺すられていた。
彼らは紳士協定を結び、全員に殺意があったことを確認した上で、この問題へのそれ以上の深入りを避けた。
この殺人における5W1Hを検討していくと、次はHOW、どのようにという問題が持ち上がる。
つまり凶器探しである。
しかし不思議なことにーーーここがこの小説の主眼でもあるのだがーーー成人男性を一撃で撲殺できるような重い凶器は建物内に何一つ発見できなかったのである。
2
「某中国地方国立H大学ソフトボール部殺人事件」
2
別荘には人数分の個室と、風呂、トイレ、キッチンが備え付けられていた。
彼らは各自の荷物を部屋に置いたあと、リビングで夕食のカレーを食べ始めた。
「そういえば」と小池が切り出す。
「今朝車を出そうとしたら、運転席のガラスに変な紙が貼ってあったんだよ」
懐から出した紙を3人が覗き込む。
A4サイズの用紙には、
『今夜12時誰かが死ぬ』
とだけ印刷されていた。
「おいおいなんだこりゃ」
と吉木が高い声で驚く。
谷口が皆の顔を見回す。
「誰かが余興でも用意してるのか」
輪島はハンカチ越しに紙を掴み、裏表を確認しながら「指紋は残ってたのか」と聞く。
「分かるわけねえだろ」呆れる小池。
「ま、言いたくないならいいんだよ」
小池は立ち上がって部屋の方へ歩く。
谷口が顔を上げて、
「おい、どうしたんだよ」
と聞く。
小池は振り返らず片手を上げて、
「運転でくたびれたから寝るんだよ。みんな死ぬなよ」
とだけ言った。
そして後から思えばそれは谷口が小池を目撃する最後の機会となった。
それを潮に各自なんとなく自室に引き上げていき、問題の12時には別荘は夜の静寂に包まれていた。
そして朝が来て、彼らは仲間の死体を発見することになる。
1
「某中国地方国立H大学ソフトボール部殺人事件」
1
4人の大学生を載せた軽自動車が、吹雪の中国山地を疾走していた。
全ての窓を全開にしているので、雪が吹き込んで車内は酷い有様になっている。
「吉木くん」運転席の小池が叫んだ。茶髪に雪が積もって真っ白になっている。
「君のおじさんの別荘ってのはこの道で合ってるのかい」
「こんなに積もってて分かるもんか。俺だって随分久しぶりなんだ。ここまで10箇所の分岐があったが俺の指示は全部山勘だ」
助手席の吉木もメガネのレンズを真っ白にしたまま叫んだ。
静まり返る車内。
「まぁどうせ」後部座席で迷彩柄のジャンパーを着た谷口がとりなすように声を上げる。
「今さら引き返せやしないんだし、いざとなれば車中泊すればいいだろ」
「俺にはこの寒さが耐えがたい」
隣の輪島が震える声で言った。ピッタリした黒のレザーを身につけた細身の体が震えている。
「どうして窓を閉めて暖房を入れてくれないんだ」
「だから」小池がハンドルを叩く。
「それはもう何度も説明しただろ。こんなむさ苦しい男が4人も乗ってると熱気でガラスが曇るんだよ。このか弱い軽自動車には男4人を載せて山道登りながら暖房ふかすような馬力はないんだよ。あと麓でガソリン入れ忘れたから別荘にたどり着けなくても車中泊なんてできないよ」
再び静まり返る車内。
「映画『仁義なき戦い』の時系列まとめ」
「映画『仁義なき戦い』の時系列まとめ」
S21年、呉
復員服の広能と山方、MPと乱闘
上田、土居の小競り合い
雑炊で荒稼ぎする矢野、槇原、新開、神原、坂井ら土建屋山守組の若者たち
パンパンになっていた広能の元カノ
広能、山守組に代わって無法者を射殺、懲役12年
刑務所で土居組若頭若杉との盃、保釈
同年、山守組創立、広能も加入
24年、上田とモメる
広能の指詰め
大久保からの中原議員の紹介
坂井、中原の頼みで対立候補の金丸議員(土居の仲間)を誘拐し選挙妨害
坂井旅に出る
神原が土居組にリンチされ誘拐の件を喋る
若杉の情婦の店で土居と対立、若杉は山守組の客分に
24.10.16
広能、海渡親分の家で土居組長暗殺
山守の命令で迎えに来た神原が裏切り、広能出頭
若杉の面会、坂井帰還、山守への疑念、旅に出る旨を伝えられる
24.12.17夜、若杉が神原射殺
地図の密告アリ
同深夜、若杉死亡
警官に射殺される
25年~、朝鮮戦争時に米軍の弾薬荷役で山守組発展
覚醒剤の扱いを巡る坂井と新開の争い
上納金を巡って対立する坂井、上田と新開、矢野
金丸と密会する新開、土居組残党と合流
29.10.28夜、山方死亡、新開の舎弟、有田の売人の手によるもの
坂井、山守に押収した覚醒剤の横流しを詰問、新開と有田に破門状
29.10.29朝、有田、上田を射殺
坂井が新開一派の殲滅にかかる
29.11.16昼、新開組組員1名死亡
29.11.20昼、新開組組員3名重症
29.11.25朝、元土居組組員2名死亡
29.12.6午後、有田逮捕
29.12.11朝、新開死亡
広能、講和条約の恩赦で出所
山守と会食、月給1万2千円で雇われ、坂井の暗殺指令
広能、山方の女の家で坂井と遭遇、坂井に山守との仲直りを求める
激昂した坂井、山守邸に押し入り、山守を引退させる
坂井、海渡組の後見で新会社設立
坂井、槇原から矢野が坂井と海渡の縁組を破談させようとしていると聞く
31.2.18、矢野死亡
坂井組に射殺される
槇原、松山から広能を呼び寄せる
山守、再度坂井を暗殺するよう広能に指令
広能、若杉を密告したのが槇原、山守だと気づく
広能、坂井の暗殺に失敗
31.2.19午後、坂井死亡
元土居組の残党によるもの
坂井の葬式でオラつく広能